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株式会社川合染工場(墨田区)

業種 : 加工(その他)
作成日: 平成24年3月19日
更新日: 平成27年3月6日
株式会社川合染工場(墨田区)

イッセイ ミヤケなど多くの有名ブランドの染色を手がける

 1950年、私の父が現在の場所に主にウールや肌着を染色する工場を設立しました。わが社の特色は、時代の要請に応じた染色技術を開発し、それを実践してきたことだと自負しています。最近は、イッセイ ミヤケなど最先端ファッションを展開するアパレル・ブランド製品の染色を手がけています。たとえば、イッセイ ミヤケの革新的コンセプト「エイポック インサイド」のニット地に関する要求はきわめて難しいものでした。複数の素材で編まれた生地を同色に染め上げるのは至難の技でした。それは、素材によって反射する光の波長が異なるためですが、染料の量や温度、圧力、染色時間の設定など、思考錯誤をしたすえ独自のバイオ加工技術を開発し、イッセイ ミヤケの要望に応えることができたのです。

独自の技術力を駆使して危機を脱する

 とはいっても、私たちの事業は順風満帆だったわけではありません。しかし、そのたびに新しいことに挑戦して乗り越えてきたと自負しています。60年代、アメリカへの輸出用アクリル糸の染色の業績が順調に伸びました。日本には少なかった外貨を獲得した、ということで当時の宮沢喜一通産大臣から表彰を受けたほどです。ところが、72年の沖縄返還問題に並行して、アメリカは日本からの繊維の輸入を全面禁止します。さらに73年には外貨は変動制になり、円は急速に高値をつけました。現在の円高基調と同様、販売は大幅ダウンとなりました。この苦境に光明をもたらせてくれたのが、イタリアのニット製品の有名ブランド、ベネトン社です。83年に注文が入るようになり、最盛期には年間87万着ものセーターの製品染めを行い、そのころ工場はフル回転でした。そういう状況では、いかに良質の製品を効率よく生産するか、熟慮する必要があります。わが社のパドル式染色機は私が設計しました。この染色機の特色は染色後の製品の取り出しを自動化、染色に使う水の温度を上げる時間を短縮、使用する水も少なく、かつ排水の時間も短く設計されていることなどです。
※写真は社長が設計したパドル染色機

新分野の染色技術にも挑戦

ベネトン社からの大量注文も93年に終止符を打ちました。というのも、ベネトン社は賃金の高い日本から中国に生産拠点を移転したからです。この2度目の危機を脱することができたのは、先ほどお話したイッセイ ミヤケからの注文に対応しえたからです。こういった経験をふまえ、新分野の染色技術にもどんどん挑んでいます。昨年には、竹炭で染めたポロシャツや草木染のカットソーなどをつくりだしました。このように一流デザイナーの要望にお応えし、新しい染色技術に挑戦できるのも東京都区内という便利な立地も大きな要因でしょう。多忙なデザイナーの方々が私たちの工場にいらっしゃって染色のチェックをし、また修正を確認にお越しなるのも容易です。さらに私たちのようにアパレルという流行に敏感な業界に関係していると、最新の情報にふれることのできる東京のメリットはとても大きいのです。企業努力を続けていると、想像もしなかったところから注目されることがあるのですね。実は、現在使われている清水書院発行の高等学校の教科書『現代政治経済』に、「飛びだせ中小企業」としてわが社が掲載されているのです。
写真左=竹炭で染めたポロシャツと草木染のカットソー
写真右=教科書の川合染工場の紹介ページ
株式会社川合染工場
住所:東京都墨田区向島4丁目24番地8号